<必須(ゾンビ映画の基本形)>
ロメロ三部作(ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(‘68)、ゾンビ(‘78)、死霊のえじき(‘85))
<初心者向け(免疫のない人でも比較的入りやすい)>
ドーン・オブ・ザ・デッド(‘04)、ショーン・オブ・ザ・デッド(‘04)、ランド・オブ・ザ・デッド(‘05)、
バイオハザード1&2&3、28日後…(‘02)、28週後…(‘07)、死霊創世記(‘90)、バタリアン(‘85)、
<中級者向け(ここら辺から愛が必要)>
サンゲリア(‘79)、死霊のはらわた(‘82)、死霊のしたたり(‘85)、デモンズ1&2(‘85, ‘86)、バタリアン・リターンズ(‘93)、
ブレインデッド(‘92)、アンデッド(‘03)、シティ・オブ・ザ・リビングデッド(‘06)、ゾンビーノ(‘07)、デッド・フライト(‘07)、
プラネット・テラー(‘07)、悪魔の毒々バーガー ~添加物100%~(‘07) 、●REC(‘08)、悪魔の毒々パーティー(‘08)
<上級者向け(ゾンビ?LOVEな人向け)>
サンゲリア2(‘88)、フォレスト・オブ・ザ・デッド(‘05)、ミート・オブ・ザ・デッド(‘04)、ミートマーケット1&2&3、
ヘル・オブ・ザ・リビングデッド(‘80)、悪魔の墓場(‘74)、ゾンビ3&4(‘79, ‘88)、ゾンビ2001(‘90, ‘91)、エイリアン・ゾンビ(‘87)、
レイダース 失われたゾンビ(‘87)、新ゾンビ(‘97)、ゾンビ99(‘79)、新・死霊のえじき(‘92)、ハウス・オブ・ザ・デッド1&2、
ドーン・オブ・ザ・リビング・デッド(‘04)、デイ・オブ・ザ・デッド2(‘05)、ゾンビ3D(‘06)、ウォー・オブ・ザ・デッド(‘06)、
DAY-X 人類VSゾンビ最終戦争(‘06)、ゾンビ自衛隊(‘07)、 ダイアリー・オブ・(‘07)、 デイ・オブ・(‘07) 、ゾンビリアン(‘07)、
デッドマンズ・プリズン(‘07)、 ZVS ゾンビVSスナイパー(‘07)、
<未分類>
死霊の門(‘00)、ステーシー(‘01)、サバイバル・オブ・(‘03)、ボーンシックネス 最怖ゾンビ軍団襲来(‘04)、
東京ゾンビ(‘05)、幽霊ゾンビ(‘07)、
<Z級(ある意味・神)>
死霊の盆踊り(‘65)、ゾンビ・オブ・ザ・デッド(‘03)
— 無駄な知識などない - ゾンビ映画 基本から上級者向け (via raitu)
(via katoyuu)
小森純
有吉: だからカリスマ詐欺を行ってるってのが問題だって。だからカリスマってなんだよ、ってんだよ。
そもそもさあ、読者モデルっていうそのごまかし方なんなんだ、っていうのがあるんだよね。
有吉: 安っぽいモデルさんのカリスマ?
有吉: 近づきやすかったりとか、親しみやすかったりとか、私もこういう風になりたいなと簡単に思えるのが読者モデルだとしたら、カリスマっておかしくね?
有吉: だからいってんじゃん、ブスモデルだって。
有吉: だけどさあ、カリスマって呼ばれてる人だったらさあ、俺の一言ぐらいでさあ、揺るがないでしょ、普通カリスマであれば。
(via petapeta)
モンドセレクションは「食のオリンピック」「食のノーベル賞」と例える方もいるそうですが、実体はたいぶ違います。
まず、モンドセレクションの対象となる食品が、世界中から選ばれているような印象を受けますが、実際は食品メーカーがモンドセレクションの本部(ベルギーの民間団体)に1製品につき1,100ユーロ(約15万円)の審査料を支払って審査してもらうシステムになっています。
また、オリンピックのように金賞、銀賞、銅賞などもトップ3製品のみに与えられる感じがしますが、選定基準が絶対評価なため、かなりの数の金賞が毎年誕生しています。
私がモンドセレクションの最大の問題だと思うのは、その審査基準や審査過程、認証発行数(受賞者数)が公式に発表されていないことです。公式ウェブサイト*1を見ましたが、華やかな授賞式の様子が載っていても、審査に関することはほとんど未公開です。官能テイスティング、ラベル適合検査やラボ分析を行っているようですが、それらの分析結果などは、全く公表されていないのです。ですから、なぜ受賞できなかったのか、またなぜ金賞をとったのかすら、メーカー側も全く分からないようです。
このモンドセレクションは、日本国内では近年急激に知名度を上げていますが、国際的にはほとんど無名であり、その結果として、全世界からの審査対象品の5割が日本からの出品という異常な状態にあります。モンドセレクションの最高金賞は近年、毎年50~100点もの日本製品に与えられています*2。食品メーカーがこぞって受賞を目指すのは、マーケティング上PRになるからだと思いますが、毎年これだけ金賞が乱立されている状態では、結局PRとしての価値が暴落するのはもはや時間の問題でしょう。
— 「モンドセレクション受賞!」はすごいことなのか? - 食品研究者の夜食日記 (via katoyuu)
窓際族ながら、僕が発注されたのがブルーウォーター自体の設定です。
では、ここからまた映像に沿ってお話ししてみたいと思います。
まず『ふしぎの海のナディア』の第七話「バベルの塔」の回です。
可能であればレンタルするなどして観て下さい。
僕が、シナリオ見た段階とかコンテ見た段階で大変だなと思ったのはこの辺からですね。
拙著『世界征服は可能か?』(ちくまプリマー新書)でも書いたんですけど、このガーゴイルさん、実にマメに働くんですよ。
内輪のパーティでもスピーチする。これ大変ですよ。
一つ一つプロジェクトがあるたびに「お前はだめだ」とか「お前のような奴は死ね」とか罰を与えたり褒めたり、演説したり。
ナディアを尋問するのも、自分自身でやってるんですよ。
多分、頼れる部下が一人もいないんじゃないかな。大変だよな。
これも、ガーゴイル以外に、敵側で魅力的なキャラが作れないからなんですね。
敵側の組織にちゃんとロジックがあって、なぜ人類を支配したいのかとか、ネオアトランティスは何をしたいのかとか、ある程度出来てると、キャラを複数に分けることができるんです。
そうすると、敵の中での裏切りとか、敵の中の迷いも作れるんですけども、『ナディア』に関しては、そういう事をやっている時間もなければ、キャラクター的な余裕もない。
とりあえず、誰か一人に特定してそいつに全部背負わせて、全部の台詞言わせなきゃいけないんです。
だからガーゴイルは「人類は全部滅びろ」と言ったり、「人類は私の前にひれ伏せ」と言ったり「お前は殺してやる」と言ったり。
「滅びろ」と「ひれ伏せ」じゃ、矛盾してるんですけどね。
なのに、こんなにスタッフや賛同者の人数はいる。
こいつらとはどういう契約になってるのかもわかんないまま、とりあえず勢いでどんどん進めるしかない。
ガーゴイルだけが必然的に働き者になっちゃうんですよ。
ガーゴイル「同志諸君、ついに我らの記念すべき日がやってきた!」 (①)
これがネオアトランティスの作った巨大ブルーウォーター。
基地の電力をすべて落として、全エネルギーを集中して鋳造した人造オリハルコンです。
ナディアが首から提げているペンダント「ブルーウォーター」の、人工的に作ったマガイ物です。
バベルの塔が起動します(②)。
こういうメカデザイン基部に、縄文式土器をさりげなく入れるところが前田真宏のすごいとこですね。
失われた前世紀文明、というニュアンスが絵一枚でわかる。いかにああいうデザインラインで、知ってる物、典型的な物をポンポンて出せるのか。
前田真宏はここら辺の処理がすごく上手い。 センスがいいんです。
量子加速器も作動しました(③)。
このあたり、ちょっとキャラの動きに注目してみてください。
この回で悪の首領ガーゴイル、そいつが「十二年の歳月と経費をかけて」って言っています。
超古代に打ち上げた人工レーザー衛星「しもべの星」が、まだ作動するかどうか、この時点では不明だった。
一万二千年前の機械だから。
で、この夜、ようやっと接近を確認。
「しもべの星」は言い伝え通り実在した! これで世界は我々の物になるってすっごく喜んでるんです。
で、この計画がいかに素晴らしい物か、自分で演説しちゃう。
「こんなに経費をかけた、みんなご苦労だった。さあパーティだ」
って、パーティするくらいです。
パーティには自分が出て行く。
囚われになったお姫様までを連れて行く。
「皆さん見てください、おまけにナディア姫まで捕まえましたよ」
ってみせびらかす。
これまで地下で潜んでいたネオアトランティスという団体が、ついにこの世界に対して牙をむいたという歴史的な瞬間です。
得意の絶頂ですよね。
それなのに次の話数では、ノーチラス号との戦で基地は破壊されてしまうんです。
前回こんなに喜んでいたからには、ガーゴイルはすごく悔しがっていいはずですよね。でも、あまり悔しがらない。
「ふっふっふっ、こんな事はたいしたことではない」
って言っちゃうんです。
なぜかというと、悪の首領としての絶対性を保つためです。
ガーゴイルやネオアトランティスの絶対不可侵性を守るためにやっちゃうんですね。
でもこれやっちゃうと、旧日本軍と同じになっちゃうんです。
「我々には大和がある。」から、「大和が沈んでもまだ平気」みたいな事にすると、だんだん国民が付いてきてくれなくなりますよね。
『ナディア』も、見ているファンが少し冷めてしまうんです。
もちろん、一緒になって盛り上がってくれる子供たちもいるんですよ。
「ガーゴイル様、すごい! すごい!」って言ってくれる女子もいるんですけど、それと同時に冷めちゃう人も必ずいる。
「このアニメって盛り上げてるんだけども、足下がおろそかだなぁ」
とちょっと大人の視聴者にはバレちゃう箇所ですね。
「バベルの塔計画」があったのに、ダメになってしまった。
こんな時、例えば『仮面ライダー』だったら大丈夫なんです。
作戦を立案して実行するのは、ショッカーの怪人の一人、つまり幹部クラスだから。
失敗してもその幹部に責任を取らせれば、それで視聴者は納得します。
幹部一人に責任取らせても、その上にはそいつら全てを束ねる悪魔総統がいる。
悪魔総統がやられても、さらに上には暗黒大魔神がいたのだ! という構造にすれば大丈夫。
よく使う手です。
スタンダードな方法ですね。
このスタンダード手法さえ押さえていれば、バベルの塔計画を実行する時も、ガーゴイル総統自らが出て行くなんてことをしなくて済みます。
ガーゴイル総統とは別に、バベルの塔のプロジェクト責任者と会話するシーンを作っておけば、さっき言ったような問題は回避できます。
その上で、今回「バベルの塔計画」は失敗したけど「しもべの星」が本当にあることが解ったから良かった、みたいな落とし方にすればいいんです。
これは台詞だけじゃダメです。
これを台詞だけでやっちゃうと『エヴァ』になっちゃう。
「全てゼーレのシナリオ通り」って、言ってるだけ。
この関係を、キャラクターの関係として見せなきゃいけない。
台詞だけじゃなくて「具体的なプロジェクトと代表するキャラクターとその成果」という形で、そのカードを一枚ずつ見せることがすごく大事なんですね。
でないと、途中まで延々、名前だけの説明セリフになっちゃうんですよ。
ガーゴイルも台詞では一生懸命説明してるんですよ。
「これらは全て我々の計画通りだ」って。
でも、いつも同じセリフだから、徐々に視聴者の信頼は下がっちゃいます。
ワンパターンに思われて、あんまり信用してもらえない。
しかし、いま説明した「プロジェクトごとに幹部が担当する」という構造なら、そういう肩すかしが防げるわけですよ。
それが、ナディアではできていない。
キャラクター的に余裕がないというのは、そういう事です。
難しいんですよ、この問題は。
『トップをねらえ!』でも「宇宙怪獣の目的は何なのか」はすごく考えたんです。
「この宇宙全体のエントロピーが増えすぎないようにするための生物」という基本的なベース設定はあるんですけど、それくらいしか考えられませんでした。
それでも基本設定があるだけマシなんですね。
基本の考え方、世界観みたいなものがなかったら、言葉だけでどんどんどんどん空回りになってしまいます。
世界観自体のインフレーションが起きてしまう。
繰り返しになっちゃいますけども、なぜ僕が今、こういう自分たちの恥というか弱点というか失敗みたいなものを語っているか。
これから先アニメを作るとき、もしくは小説とかマンガを作るとき、あるいは見るときもそうですけど、構造的な物の見方、フレーム的な物の見方が出来るようになっていただきたいからです。
こういう補助線を持って見ると、単に面白いとか、キャラが萌えられるかという以外の見方ができるようになります。
このクリティカルな、評論的な見方ができると、アニメやマンガを語るときの大きな武器になる。
アニメファン以外に作品の面白さ・見所を伝えることができるようになります。
— 特集 『ナディアの舞台裏』(『遺言』五章より)その(5) 悪の組織をマヌケにしないためには…… - 岡田斗司夫公式ブログ (via petapeta)
(via mitaimon)
東京のテレビで、「福島は今、人が全然いません。シャッターも閉まってます」という報道があったんだけど、オレは良く知ってるんだけど、それは昔からだよ、と思うんだよね。そんなもの、日本中の地方に行ってごらんよ。人はいないし、シャッターも閉まってるよ。放射能のせいじゃないよ、と思うんだけど、報道でそうやってしまうと、まるで、それまで活気があったところがゴーストタウンになったように見せられてしまう。テレビマジックですよね。 — 文化の役目について:震災と福島の人災を受けて(大友良英)
2011-05-05
(via twinleaves)(via reaf)
小泉源一の古い説はとっくに間違いである事が科学的に証明されている。
民主党批判となんら変わらん。
(via reservoir)
異人さんに「ミコシ」って何?と聞かれたけど英語でなんと説明すればよいのかわからずWikipedia見てみたら、「ポータブル神社」って書いてあった。びっくりだ!知らなかったよ! — Twitter / (qt)browneyes (via jinon) (via petapeta) (via nopastmemo)
2010-07-24
(via quote-over100notes-jp) (via yunh) (via reservoir)
自然だから安全というのは迷信です。
自然界は人間のためにあるのではありません。人間に有害なものは自然界にたくさんあります。たとえば毒キノコや毒草があります。植物以外にも、寄生虫や細菌などもあります。最近は何でも「消毒していない」ことが売りになっている物が多いですが、それは当然有害な細菌などが入っているリスクがあるということになります。自然だから安全というのは、自然が人間にとって生きやすくできているはずだという、言うなれば人間絶対中心主義の迷信だと思います。
— 【0076】健康食品と薬の併用は安全ですか (via otsune)(via yaruo)
(via yaruo)